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東京高等裁判所 平成4年(ラ)105号 決定 1992年12月11日

主文

原審判を取り消す。

相手方を抗告人らの各推定相続人から廃除する。

理由

一  本件抗告の趣旨は、第一次的に、主文第一、二項と同旨の裁判を求め、第二次的に、「本件を東京家庭裁判所に差し戻す。」との裁判を求めるものであり、その理由の要旨は次のとおりである。

1  相手方の行状は、「たちの悪い親泣かせ」であり、廃除原因である「重大な侮辱」・「著しい非行」に当たることは明らかである。

すなわち、相手方は、小・中学校のころから、級友の学用品の窃盗、万引き、家からの金員持ち出し、家出、浮浪・徘徊を繰り返し、正当な親の監督に服さず、少年院等における処遇を受けても行いを改めず、高校生になつてからも、全く通学せずに家出・浮浪を繰り返し、不良交友関係や万引き等の非行がますます深刻化し、家に寄りつかず友人方を転々したり、スナック等で稼働し、暴力団組織の一員で犯罪歴のある男性と同棲し、転落の度を深め、ついには、暴力団幹部で犯罪歴のある乙山夏夫と婚姻するに至り、社会から脱落するに至つた。抗告人らは、これまで相手方を援助する努力をしてきたものの、右婚姻を知つて、相手方の行状にとうてい耐えられなくなつた。

2  抗告人甲野太郎は、多数の会社を経営し、相手方が暴力団関係者と婚姻した事実のもたらす影響は深刻であり、前記の相手方の行状がその社会的な地位・信用を崩壊させるに十分であることは明らかである。右婚姻により、抗告人らと相手方間には決定的な亀裂・断絶が生じ、相手方には改悛の望みもない。また、親子として行き来が断絶して七、八年を経過したことからしても、抗告人らと相手方の家族協同関係はすでに破壊され、回復の可能性はないというべきである。

3  原審判の後に、乙山夏夫の父が抗告人甲野太郎の名をかたつて連名で夏夫と相手方の結婚披露宴の案内状を印刷し、関係者に送付したことが判明した。このことは、夏夫やその両親が抗告人らに対し金目当てで交際を迫るものであり、相手方が金目当てに利用されようとしていることを示している。また、夏夫は暴力団の組員をやめたと述べる時期以後も二、三回組に出入りし、けつして暴力団とは縁を切つていない事実も判明した。相手方と抗告人らの関係修復の可能性は完全になくなつたといわなければならない。

以上の事実によれば、相手方に廃除原因となる事実があることは明らかであり、相手方を相続から廃除したいとする抗告人らの意思は充分尊重されるべきである。

4  抗告人らは、相手方が健全な成長を遂げるべくあらゆる手段を講じて養育に当たり、姉や弟に対する場合に比して愛情に欠ける点があつたわけではない。相手方は生まれながらにして強度の拒食症であり、抗告人らは相手方を生かすため多大の努力をした。また、抗告人らは相手方を教育するため多大の努力をし、費用を負担したばかりか、窃盗等の後始末に追われ、家出した相手方の捜索、適切な治療、診断を得るため医師、施設を訪問したり、相手方を海外留学等させるため、多額の出費を余儀なくされた。相手方には、時、所をわきまえない盗癖と家出・浮浪癖があり、落ち着きに乏しく、注意が散漫であるという特徴があつたが、その主症状は過動性と虚言癖であり、過動性行動異常との診断がなされていた。その原因を確定することはできないが、子供が独自の先天的素質をもとにして、環境と相互にかかわり合う中で成長するものであることを重視すべきであり、過動性行動異常については、不良な家庭環境との関連は乏しく、先天的素質に基づくことが多く、しかもその症状は一六歳以降に消失するといわれている。このことからすると、相手方の非行につき親の養育態度を責めることはできない。相手方が抗告人らから愛情を注がれることが少なかつたとか、受容されなかつたことが基本になつて相手方が非行を繰り返したということはできない。

相手方は、少なくとも一六歳以後の行為については十分に責任能力を有し、右責任能力を備えた後の外形的な行為が「重大な侮辱」・「著しい非行」に当たるか否かによつて相手方を廃除すべきか否かの判断をすべきである。右の判断は規範的な判断であつて、合目的的な裁量の要素を見出すことは困難であり、抗告人らにも右非行に関し落ち度があつたか否かを考慮すべきではない。

二  当裁判所の判断

1  相手方の成育歴、非行の経緯は、原審判の理由説示(原審判一丁裏九行目から同五丁表一行目まで。ただし、同二丁裏二行目の「問題行動を起こし、」の次に「翌年には同校を退学させられ、その後編入した同地の女学校においても同様の問題行動があり、」を加える。)のとおりであるから、これを引用する。

2  本件家事事件記録及び当審記録によれば、相手方が昭和六二年二月一七日中等少年院を仮退院した以後の相手方と抗告人らの関係等に関し、次の事実が認められる。

(一)  相手方は、昭和六二年二月一七日中等少年院を仮退院し、抗告人らのもとに帰つたものの、約一週間後には少年鑑別所で知り合つた友人方に身を寄せ、抗告人らは、かつて相手方の捜索等に協力してくれた警察官の援助を得て、その所在を確認し、右友人方の生活環境を調べ、右警察官の助言をいれて事態を静観することとした。相手方は、右友人方で生活し、その夫の経営するスナックに勤めたが、その後、友人方を出て、暴力団員の丙川五郎、次いでタクシーの運転手と同居を始め、昭和六三年六月ころから、キャバレー「チェリー」に勤めるようになり、乙山夏夫とも顔見知りとなつた。同人は、当時、暴力団丁原会戊田家戊原組の組員・中堅幹部であり、暴力行為等処罰に関する法律違反により懲役刑(一年、執行猶予四年)に処せられたことがあるほか、傷害罪により罰金刑に処せられた前科があつた。

(二)  相手方は、平成元年始めころから乙山と親密に交際するようになり、同年九月には東京都台東区戊川にある同人方で同居を始め、同年一二月二二日に婚姻の届出をし、翌年一月には同区三ノ輪の乙田荘に転居した。抗告人花子は相手方と電話で話合うこともあつたが、相手方は、同抗告人の意見を聞き入れたり、抗告人らのもとに戻る意向を示すことはなく、乙山と同居中に家賃が払えないといつて、抗告人花子から二五万円の援助を受けたこともあつた。相手方は乙山を伴つて、抗告人らの家に赴いたことがあつたが、抗告人花子が同人と会うことを拒み、結局、同人も抗告人らとの接触を求めず、同人と抗告人らとは顔を合わせることもなかつた。

抗告人らと相手方との交流は、相手方が前示中等少年院からの仮退院後家出をして以来は、平成二年一一月一日、乙山から暴行を受けて短時間抗告人らの許に戻つたことがあつたこと、右より前に抗告人花子が相手方と電話で話したことがあつたことがあるほかは没交渉な状況が続いている。

(三)  相手方と乙山との夫婦関係は、同人が暴力を振るうこともあつて、必ずしも円満とはいいがたいが、両名は、平成二年一一月ころから乙山の郷里である茨城県丙田市で生活し、その後乙山がトラック運転手として働き始め、相手方が平成三年二月と七月と二回家出をすることがあつたものの短期間で家庭に戻り、平成四年五月二日には結婚披露宴を行うに至つた。そして、相手方と右乙山とは右披露宴をするに当たつては、抗告人らが右婚姻に反対であることを十分に知りながら、披露宴の招待状に招待者として乙山の父乙山松夫と連名で抗告人太郎の名も印刷して抗告人らの知人等にも送付した。

3  ところで、民法第八九二条にいう虐待又は重大な侮辱は、被相続人に対し精神的苦痛を与え又はその名誉を毀損する行為であつて、それにより被相続人と当該相続人との家族的協同生活関係が破壊され、その修復を著しく困難ならしめるものをも含むものと解すべきである。

本件において、前記認定の事実によれば、相手方は、小学校の低学年のころから問題行動を起こすようになり、中学校及び高等学校に在学中を通じて、家出、怠学、犯罪性のある者等との交友等の虞犯事件を繰り返して起こし、少年院送致を含む数多くの保護処分を受け、更には自らの行動について責任をもつべき満一八歳に達した後においても、スナックやキャバレーに勤務したり、暴力団員の丙川五郎と同棲し、次いで前科のある暴力団の中堅幹部である乙山夏夫と同棲し、その挙げ句、同人との婚姻の届出をし、その披露宴をするに当たつては、抗告人らが右婚姻に反対であることを知悉していながら、披露宴の招待状に招待者として乙山の父乙山松夫と連名で抗告人甲野太郎の名を印刷して抗告人らの知人等にも送付するに至るという行動に出たものである。そして、このような相手方の小・中・高等学校在学中の一連の行動について、抗告人らは親として最善の努力をしたが、その効果はなく、結局、相手方は、抗告人ら家族と価値観を共有するに至らなかつた点はさておいても、右家族に対する帰属感を持つどころか、反社会的集団への帰属感を強め、かかる集団である暴力団の一員であつた者と婚姻するに至り、しかもそのことを抗告人らの知人にも知れ渡るような方法で公表したものであつて、相手方のこれら一連の行為により、抗告人らが多大な精神的苦痛を受け、また、その名誉が毀損され、その結果抗告人らと相手方との家族的協同生活関係が全く破壊されるに至り、今後もその修復が著しく困難な状況となつているといえる。そして、相手方に改心の意思が、抗告人らに宥恕の意思があることを推認させる事実関係もないから、抗告人らの本件廃除の申立は理由があるものというべきである。したがつて、これと異なり抗告人らの本件申立を理由がないとしてこれを棄却した原審判には、民法八九二条の解釈適用を誤つた違法があるものというべきであるから、これを取り消し、当審において審判するのを相当と認め、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 柴田保幸 裁判官 長野益三 裁判官 犬飼真二)

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